名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4184号 判決 1997年9月26日
原告
清水修
被告
千代田火災海上保険株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇三一万二五〇〇円及びこれに対する平成六年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一二五〇万円及びこれに対する平成六年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告との間で車両についての損害保険契約を締結していた原告が、車両の水没による全損を理由として、被告に対し、保険金の支払を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 被告は、保険業を営む株式会社である。
2 原告は、平成六年五月二四日、左記車両(以下「本件車両」という。)につき、対人賠償無制限、対物賠償一〇〇〇万円、車両保険金額一三〇〇万円、保険期間平成六年五月二五日から平成七年五月二五日までとする自動車損害保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
記
車名 ポルシェ
型式 九六四
登録ナンバー 神戸三三も九六〇三
車体ナンバー WPOZZZ―九六ZRS四七〇〇七九
3 被告は、本件契約に適用される自家用自動車総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)第五章(車両条項)第一条一項により、偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害をその所有者に対して填補する義務を負い、同章第五条により、右損害額は、全損の場合にはその損害が生じた地及び時における被保険自動車の価額によって定まる額とされ、同約款第六章(一般条項)第二〇条一項五号により、右保険金請求権は、事故発生の時に発生し、これを行使することができるものとされている。
二 争点
1 本件契約の有効性
(一) 被告の主張
本件契約当時、原告は本件車両の所有権者ではなかったから、被保険利益を有しておらず、また、本件契約は他人のために締結されたものではなく、原告から他人のために保険契約を締結する旨の告知もなかったし、保険契約書へのその旨の記載もなかったから、本件契約は無効であり、被告は原告に対し保険金の支払義務を負わない。
(二) 原告の主張
原告は、平成六年三月一九日、本件車両の所有者であった北川淳の代理人のオートクエストこと塩本啓三に対し代金一二五〇万円を支払って本件車両を買い受け、同日その引渡しと名義変更に必要な書類の交付を受けた。
2 保険金の支払事由の存否
(一) 原告の主張
原告は、平成六年五月三〇日午前零時二〇分ころ、友人と共に花火遊びをするために、名古屋市港区金城埠頭三―一の突堤(以下「本件事故現場」という。)に本件車両を停車させ、同車両から離れた際、何者かが運転する車両が暴走してきて、本件車両に追突するような形で衝突し、本件車両は海中に水没し、全損となった。
(二) 被告の主張
事故後の本件車両の損傷状態からは、本件車両が海中に没するほどの衝撃を受けたものとは考えられないし、事故現場付近の突堤は、車止め、ガードレール等が設置されていて、車両等が誤って海中に没しないようにされているのに、本件事故現場付近のみが車止めが設置されていないことを併せ考えると、原告が主張するような形態で水没事故が発生したとは考え難い上に、本件車両に衝突したとされる車両は、事故のわずか一時間二〇分ほど前の平成六年五月三〇日午後一一時ころに名古屋市中区内の路上で盗難されたものであることからすれば、本件車両について本件約款第五章第一条にいう偶然な事故の発生は認められないし、被告が保険金の填補義務を免れる場合を定める同章第二条一項(イ)の保険契約者の故意の存在が推定されるものというべきである。
3 損害額
原告は、本件車両は全損となり、一〇四〇万一二五〇円の損害を被った旨主張し、被告は、右主張を争う。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 成立に争いのない甲第五号証の三(ただし、書込部分を除く。)、第六、第九、第一〇号証、乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証の各一、二、証人相佐一夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証、証人西村正人の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、乙第九(右認定に供した部分を除く。)、第一〇号証及び証人相佐一夫の証言によっては、右認定を覆すに足りない。
(一) 原告は、衣料品店を経営する傍ら、自動車販売の仲介業をも営んでいたが、衣料品店の客として知り合っていた自動車販売業者の塩本啓三から本件車両を代金一二五〇万円で購入しないかとの打診を受けた。
本件車両の所有者は北川淳であり、北川は、塩本に対し、北川の押印のある委任状、北川の実印の印鑑登録証明書、本件車両の譲渡証書、自動車検査証、自動車損害賠償責任保険証明書と共に本件車両を引き渡し、その処分を委ねていた。
(二) 原告は、本件車両を顧客に転売するつもりで、これを買い受けることとし、平成六年三月一九日に、手持ちの現金約五〇〇万円と知人二名から借り受けた現金約五〇〇万円との合計一〇〇〇万円の現金を北川淳の代理人である塩本の事務所に持参し、これを塩本に支払い、その余の二五〇万円については、原告の塩本に対する衣料品の売掛金及び塩本との車両取引に関する未収金と相殺することで代金の決済をした上、塩本から、前記関係書類と共に本件車両の引渡しを受けた。
(三) 原告は、本件車両を運転しているうちに同車が気に入り、顧客に転売することを止めて自己の所有車両にすることとし、損害保険にも加入することとして、原告の衣料品店の従業員から紹介された株式会社丸の内保険事務所の仲介により、同年五月二四日、被告と本件契約を締結した。
原告は、右保険事務所の担当者から本件車両の移転登録手続を行うように助言されていたが、右手続を行わないでいたところ、本件事故に遭遇し、その後、右手続を取ろうとしたものの、北川の印鑑証明書の有効期限が経過していたため、これを行うことができなかった。
原告は、北川の印鑑証明書を再度入手しようとしたが、北川との連絡を取ることができなかった。
なお、本件車両については、同年三月二八日付けで、北川から同人が経営する株式会社ティエムカンパニーに対する移転登録が経由されていた。
2 右のとおり、原告は、本件車両の所有者の北川の代理人であった塩本に対し、代金一二五〇万円を支払って本件車両を買い受け、塩本から移転登録に必要な譲渡証書等の一件書類と共に本件車両の引渡しを受けたものであり、原告が本件車両について被保険利益を有していないものということはできないから、本件契約は有効に成立したものというべきである。
二 争点2について
1 成立に争いのない甲第一号証、本件車両を撮影した写真であることにつき争いのない乙第四号証、本件事故現場を撮影した写真であることにつき争いのない乙第五、第六号証、弁論の全趣旨により原告が本件車両を撮影した写真であると認められる甲第二号証、証人吉川佐知子の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、乙第九号証及び証人相佐一夫の証言によっては、右認定を覆すに足りない。
(一) 原告は、友人の吉川佐知子と名古屋港の金城埠頭で花火遊びをするため、吉川を同乗させ、本件車両を運転して本件事故現場(別紙図面の<1>地点)に行き、本件車両を停止させてエンジンを止め、サイドブレーキを引いた上、吉川と共に降車し、同図面の<2>地点まで歩いて行った。
その当時、二人の男性の乗車したハッチバックタイプの乗用車が金城埠頭内の道路上で暴走行為を繰り返していた。
(二) 原告と吉川が右<2>地点で持参した花火に点火しようとした時、本件事故現場の方で大きな衝突音がしたので、原告はまさかと思いつつ本件事故現場に向かって走ったが、その途中で大きな物が海中に落下する音が聞こえた。
原告が本件事故現場まで来てみると、本件車両は海中に沈んで行くところであり、暴走車は別紙図面の<3>地点に停止していたので、原告は暴走車に駆け寄ったが、同車は走り去ってしまった。
原告が本件事故現場に戻ってみると、そこには暴走車のフロントスポイラーが落ちており、原告は、直ちに携帯電話で警察に事故を通報した。
(三) 海中から引き上げられた本件車両は、主として後部左側に、暴走車との衝突によるものと思われる損傷が確認され、海中に没したことにより全損となった。
2 右によれば、本件車両は、原告が本件事故現場に停車させていたところ、暴走車に衝突されたことによって海中に没したものであり、右事故は、本件約款第五章第一条一項の偶然な事故に当たるものというべきであるから、被告は、右事故により本件車両に生じた損害を填補する義務を負うものというべきである。
三 争点3について
前記のとおり、本件車両は、原告が平成六年三月一九日代金一二五〇万円で買い受け、本件事故によって全損となったものであるが、前掲甲第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件車両は、平成五年一二月三日に初度登録がされたばかりの外国車で、しかも国内では珍しい車種であって、本件事故当時、本件車両と同型の車両の中古車取引の基準となる市場価格は形成されていなかったことが認められ、本件車両の本件事故当時の価額を、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古市場において取得する価額によって定めることはできないから、右基準によって損害額を算定することはできない。
したがって、本件車両については、新車としての価額から本件事故時までの年数の経過や使用による減損分を控除する方法により事故当時の価額を算定して、損害額を求めるべきものというべきである。
そして、特段の事情がない限り、本件車両は初度登録後本件事故までの約六か月間使用に供されていたものと推認すべきであり、また、弁論の全趣旨によれば、本件車両の法定耐用年数は六年であり、経過年数六月の減価償却後の残存率は〇・八二五であることが認められ、また、本件車両の新車価格が一二五〇万円を下回らないことは明らかであるから、本件車両は、本件事故当時、少なくとも一〇三一万二五〇〇円の残存価値を有していたものというべきであり、被告は、原告に対し、右金額及びこれに対する本件事故発生の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
(裁判官 大谷禎男)